親がいつまでも元気でいるという幻想


4年程前,母は認知症になりました。
仕事を終え,帰宅し玄関で靴を脱いでいる私に
いきなり父が困り切った顔で
「お母さんおかしくなったわ…」と。

話を聞いてみると,どうも母の中で昼と夜が逆転してしまったようで。
その時,夜の8時ぐらいだったと思いますが,
母は朝だと思っていて,どうしても夜だと認識できなかったのです。
外見てごらん,ほら暗いでしょ?って言ってもダメ。

実はこの時私は「あぁ…きたか」と悟っていました。
この4〜5日前に私自身が同じような経験をしたからです。
夕方家に電話を入れたところ母に
「あんたこんな朝早くどこにいるの?」と聞かれたのです。
その時は何言ってんの?今夕方でしょ。で終わったのですが
3日後ぐらいにたまたま職場で認知症に関する研修を受け
あぁもしかしたら母はそうなのかもしれない…
と思っていた矢先のことだったのです。

数日後,認知症外来を受診しいろいろな検査をし,
アルツハイマー型の認知症と診断されました。
意識を覚醒させ認知症の進行を遅らせるという飲み薬を
処方されました。
私も父も日中は仕事に出て母は一人になってしまうため,
「朝この薬を飲んで,飲んだらこのノートに記録してね。」
とチェック表を作って渡しました。

当初は症状が軽度だったこともあって
時々間違いながらも自分で飲み,自分で記録をつけていました。
私はそれを時々チェックして,まぁそれなりにやってるな
という感じでいたのですが…

一時期,私はチェックを怠っていました。

そしてある時ノートを見たら,
なんと2カ月も薬を飲んでいないことが分かったのです。
しまった!と思いました。
病院通いやご飯の用意などは父がやっていたので
私は気がゆるんでしまっていたのです。

その時のことが明確な原因ではないかもしれませんが,
その後下り坂を駆け降りるように
どんどんと母の認知症は進行していき
今ではほとんど何もできない状態になってしまいました。

はじめの頃は現状を正しく受け入れることに時間がかかりました。
「だからさっきも言ったでしょ!」
こんな言葉が頻繁に出てくるようになり口喧嘩がしょっちゅうでした。
今はそれを克服しましたが,父は相変わらずです。
母のことが心配だからと父は仕事をやめ,今では家にいるのですが
毎日ずっと一緒にいるが故に口喧嘩がしょっちゅうで
言われっぱなしの母が不憫でなりません。
かと言っていつも帰りが遅い私にはろくに何もしてあげることができません。
しかも…私自身障害者。

そんな母に私がしてあげられること…
それは,1日のうちほんのちょっとでもいいから母に笑顔になってもらうこと。
帰りにちょっとしたスイーツを買って母に食べてもらう。
茶の間でひたすらテレビを見ている母に,
何でもいいから話しかけて,ちょっと会話する。
そんな中で,ちょっとでも母が笑顔になる時間を
持ってもらいたい,と。
母が笑うと「あぁまだ大丈夫かな」って少しほっとします。

人生において大切なことは何なのか,人生とは何なのか,
道半ばの私ですがこう思います。

大切なことは大成することではない。
歴史に名を遺すような大事業を成し遂げることでもない。
夢をかなえること…悪くないが1番大切なことではない。

大切なのは
何をするにせよ
どんな道を歩むにせよ
それによって自分がどれだけ笑うことができたか
どれだけそれを楽しむことができたか
これに尽きるのではないかと思うのです。

だってあの世には何にも持っていけないんだから…。

どんなに素晴らしい家を建てたって,
どんなに素晴らしい発明品を作ったって
どんなに素晴らしいコレクションがあったって
あの世には何にも持っていけない。

だったら,生きている間にすべきことは
生きている間,どれだけ心から笑うことができたか
どれだけ心から楽しむことができたか
そういう時間をどれだけ持つことができたか
…て,そういうことなんじゃないかって思うのです。

母があと何年生きられるか分かりません。
でもそんな楽しい時間を少しでも持てるようにしてあげられたら…
そんなふうに思います。




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